カルピス100周年!
カルピス100周年!
僧侶出身の実業家である三島海雲が、内モンゴルで出会った飲料「酸乳」をヒントに国民の健康を願って開発したのがカルピスです。脱脂乳を乳酸菌で発酵させた飲料「醍醐素」に砂糖を加えて2日ほど放置した結果生まれたのが「カルピス」の原液で、それに日本の食事に不足していた「カルシウム」を混ぜて完成させました。名前の由来は、カルシウムの「カル」とサンスクリット語の「サルピス」から「ピス」を合わせたものです。「サルピス」は仏教で五味と呼ばれる乳・酪・生酥・熟酥・醍醐の中の熟酥(じゅくそ)のことです。カルピスの元になっている醍醐は五味で最高位にあたりサンスクリット語で「サルピルマンダ」と呼ぶため「サルピル」や「カルピル」といった案もあったそうですが、音声学の権威であった山田耕筰に相談したところ、響きの良さを重視して醍醐の次位である「サルピス」からとって「カルピス」となったそうです。
1919年年7月7日の七夕に発売を開始しましたが、瞬く間に広まっていき、カルピスは有名ブランドになったそうです。
100年間経過した現在でも販売を伸ばし続けているカルピスは立派なブランドですが、100年の歴史は必ずしも順風満帆に成長を遂げたわけではなく、これまでに何回か苦難の時期があったそうです。創業者の三島海雲が立ち上げたカルピス食品工業は、三島の「一品主義の思い」を貫き、60~70年代には希釈用飲料として、贈答用商品などを中心にシェアを高めました。しかし、コンビニエンスストアや自動販売機が増えた1980年代に最初の苦難が待ち構えていました。飲料の主流が缶やペットボトル入りに替わり、いつでも外で飲めるようになったため、希釈用のカルピスはその流れに乗れませんでした。さらに、外で飲めるようなものを開発すると、希釈用との共食いが懸念され、決断できなかったそうです。この状況が続く中、同社は1991年に味の素の資本参加を仰ぎました。それを機に缶入りの「カルピスウォーター」を発売し、2000万ケースを販売する大ヒットとなり苦難を克服しました。懸念された共食い現象も起きませんでした。
2度目の苦難は2000年代に来ました。飲料市場の競争が一層激化し、カルピスは「子ども用の白い甘い飲み物」と言ったイメージが強まり、さらに、カルピスウォーターの大ヒットに頼りすぎて、新規製品開発を怠ったことが業績を悪化させました。過去の失敗経験を踏まえ、2009年以降は原点である「発酵」を切り口として「おいしさと健康」をブランドの価値として訴求しました。具体的には「濃いめのカルピス」「カラダカルピス」などをラインアップに加え、再度販売を成長軌道に乗せのです。
経営体制にもメスを入れました。2007年に味の素の子会社となり、その後2012年にアサヒグループが買収してアサヒ飲料となりました。アサヒ飲料には100年続く3大飲料がありますが、カルピスは他の三ツ矢サイダー、ウイルキンソンにも増して、重要な位置にあるそうです。
2019年は、発売100周年としてカルピスブランドのさらなるPR活動や商品展開の拡充を推進します。商品ラインアップではヨーグルトとカルピスを組み合わせた「ヨーグルト&カルピス」を通年商品として加えました。6月には大人向けリッチテイストの新シリーズを発売するほか、10月には100周年限定商品として新たな発酵技術を活用したカルピス新商品を発売する予定です。どんな製品が誕生するのでしょうか?
公園散歩はストレス緩和法!
公園散歩はストレス緩和法!
最近「ウェルビーイング」という言葉をよく耳にしますが、「ウェルビーイング」とは身体的・精神的・社会的に良好な状態を意味しています。
アラバマ大学の研究者たちが行った研究で、公園で毎日20分過ごす人はハッピーになって、ストレス緩和や精神的疲労からの回復など、身体的にも精神的にもメリットがあることが解ったそうです。正にウェルビーイングの向上との関係を示唆しています。
一方、キングス・カレッジ・ロンドンが行った別の研究では、木々や空、鳥のさえずりなどに触れながら屋外で過ごすことの効用が、特に、都市生活者の健康やウェルビーイング促進につながることを証明しているそうです。
お花見シーズンもすぐそこに迫ってきました。
出来るだけ野外でお花見を楽しみ、ウェルビーイングの向上に努めましょう!
3月14日は数学の日!
3月14日は数学の日!
昨日3月14日は日本ではホワイトトデイですが、アメリカなどでは円周率「3.14151926535・・・・」に因んで数学の日だそうです。
数学というのはとても面白い学問です。昔、鉄鋼の仕事をしていましたが、住友金属の工場で技術部に所属する若い社員と合金鋼の腐食の話をしていた時に、腐食については数学で解けるんですと言われ驚いたことがありました。何十年も経って、ある物理化学の教授に聞いてみたところ、答えが一つのものは全て数学で解けると言われ、なるほど思ったものです。数学的に考えるとタイムマシンで過去には行けるが、未来には行けないということかもしれません。
話は違いますが。紀元前に地球の円周を測った数学者がいました。古代ギリシャの数学者エラトステネス(紀元前275~紀元前194)です。彼が測った距離は46,250kmでした。現在、地球の円周は40,008kmとされているので、多少誤差はありますが、たった一本の棒で測った結果なので、大したものです。それではどうやって測ったのでしょうか?
当時、エラトステネスはエジプトの都、アレクサンドリアの図書館長だったのですが、ある書物に「シエネ(現在のアスワン)では、夏至の日の正午に、深い井戸の底まで光が届き、地上の影は消える。」という記述があるのを見つけました。シエネでは、夏至の日の正午に太陽がまっすぐ頭上に来ることを知ったエラトステネスは、自分の住むアレクサンドリアの地面に棒を垂直に立ててみました。すると、影が少しできて、太陽光線と棒がなす角度を測ってみると、7.2度であることがわかりました。エラトステネスは地球は球体であると考え、そして、太陽までの距離が非常に大きく太陽光は基本的に平行だという仮定に基づいて、(360度÷7.2度=50)にアレクサドリアとシエラの距離を掛ければ地球の円周が解ると考えたのです。両都市の距離は古代ギリシアなどで用いられた距離の単位で、5000スタジアでした。1スタジアは約185m(本当のところは定かでありません)ですから、50X5000X185÷1000=46,500kmという結果を出したのです。
紀元前6世紀に哲学者ピタゴラスが地球球体説の創始者と言われ、その後プラトンもアリストテレスも唱えたそうですが、具体的な証明は出来ていませんでした。そういう意味ではエラトステネスがはじめて具体的な証明をしたと言えるのではないでしょうか?
スコットランド・アイラ島のシングルモルト!
スコットランド・アイラ島のシングルモルト!
最近日本ではウイスキーが復活して、特にハイボールの人気が高いようです。さらに、昔のブレンド・ウイスキーからシングルモルトウイスキーに趣向が変わってきています。
シングルモルトのメッカはやはりスコットランドですが、その中でも独特の香りや味がするアイラ島のシングルモルトをご存知ですか?
スコットランドの南西部に位置し、淡路島と同じくらいのアイラ島には8つのシングルモルトウイスキーがあります。草とかもろもろの水生植物が炭化したピート(泥炭)をいぶしてウイスキーに香りをつけると、燻製のようなクセの強い香りが生まれ、また、海鮮を感じる塩っぽい旨味が出てきます。最初は薬の様なスモーキーな香りに驚かされるのですが、馴れるとやみつきになる方も多いそうです。アイラ島の各蒸留所はそれぞれ個性があって、10年〜16年の時間をかけて、丹精込めてつくられたウイスキーは香りと味が異なります。
8つのブランドを見てみましょう!
ボウモア(BOWMORE):安くてバランスが良いです。
ラフロイグ(LAPHLOAIG):スモーキーさはトップクラスで男性が好む感じです。
カリラ(CAOL ILA):スモーキーなのですが、少し淡白でさっぱりした感じです。
ブナハーブン(BUNNAHABHAIN):あまりスモーキーな感じではなく、旨みが目立つ感じです。
アードベッグ(ARDBEG):海藻の香りが凄く印象的な独特の味です。
ラガブーリン(LAGAVULIN):スモーキーですが、刺激は強くなく塩味が絶妙です。
ブルイックラディ(BRUICHLADDICH):エレガントでドライな感じです。
キルホーマン(KILCHOMAN):びっくりするくらいスモーキーです。
尚、まだ完成していないのですが、フランス人によって建設中の蒸溜所があるらしいです。
一体どんなシングルモルト・ウイスキーになるのでしょうか?
幼児期(4~5歳)から音楽との触れ合い!
幼児期(4~5歳)から音楽との触れ合い!
音を聴いて脳がそれを直接理解する能力を絶対音感と言いますが、この能力は特に幼少期に身に着くと言われています。また、リズムを知覚したりあるいはピッチを感じたり、色んな和音やハーモニーを感じる能力というのも、特に幼少期に発達することがよく知られています。
実際の音楽体験としては①聴くこと、②歌うこと、③弾くこと、④音符を読むこと、の手順で進行していきます。音楽に親しむと大人になった時に、情緒が豊かになり、社会性も向上します。
さらに外国語習得にも効果があるとと言われています。英語もそうなのですが、言葉によって独特のピッチやリズムがあります。音感を育むことによって相手のピッチ、あるいはリズムがよく理解できるので、結果的に言語の習得が促進されるそうです。
音楽はまず聴くことから始まりますので、ここでも聞こえの重要性が感じられます。
これらの漢字を読めかすか?の答え:
これらの漢字を読めかすか?の答え:
昨日の漢字の読み方は次の通りです。地名が特に難しいと沢山コメントを頂きました!
● 野菜と果物:
1:「オクラ」
2:「キャベツ」
3:「ツクシ」
4:「トウモロコシ」
5:「アーモンド」
6:「イチジク」
7:「アスパラガス」
8:「ザクロ」
9:「パセリ」
10:「ヒジキ」
11:「バナナ」
12:「ホウレンソウ」
13:「ソラマメ」
14:「ラッキョウ」
15:「ブロッコリー」
16:「アケビ」
17:「ビワ」
18:「ワカメ」
19:「エンドウ」
20:「レモン」
21:「カリフラワー」
22:「ナツメ」
23:「クルミ」
24:「キウイ」
● 魚:
1:「どじょう」
2:「ししゃも」
3:「わかさぎ」
4:「すずき」
5:「さより」
6:「まんぼう」
7:「はぜ」
● 地名:
1:ちぷらんけうし
2:もや
3:おおぬかり
4:あぼっけちょう
5:いかっこ
6:ぐぞ
7:どめき
8:ふるさと
9:さかり
10:うどんたに
11:よのっぞん
12:びん
これらの漢字を読めかすか?
これらの漢字を読めかすか?
日本語は読み方が難しい漢字が沢山あります。
いくつかのカテゴリーでこれはと思う漢字を集めてみました。野菜と果物、そして魚は全部読める人がいるかもしれませんが、地名が特に難しい気がします。果たして、皆さんはどのくらい正解出来るでしょうか?答えは明日のブログに掲載します。
○ 野菜と果物:
1:陸蓮根
2:甘藍
3:土筆
4:玉蜀黍
5:扁桃
6:無花果
7:竜髭菜
8:柘榴
9:和蘭芹
10:鹿尾菜
11:甘蕉
12:菠薐草
13:蚕豆
14:辣韮
15:芽花椰菜
16:木通
17:枇杷
18:若布
19:豌豆
20:檸檬
21:花椰菜
22:棗
23:胡桃
24:彌猴桃
○ 魚:
1:鰌
2:柳葉魚
3:公魚
4:鱸
5:細魚
6:翻車魚
7:鯊
○ 地名:
1:重蘭窮(北海道釧路市)
2:雲谷(青森県青森市)
3:大垬(福島県矢祭町)
4:木葉下町(茨城県水戸市)
5:五十子(埼玉県本庄市)
6:久所(神奈川県足柄上郡中井町)
7:轟(福井県吉田郡永平寺町)
8:生琉里(三重県伊賀市)
9:十八女(徳島県阿南市)
10:宇都谷(鹿児島県鹿児島市)
11:榎薗(鹿児島県日置市)
12:保栄茂(沖縄県)
「世界で最も良い国」ランキング!
「世界で最も良い国」ランキング!
アメリカで3番目の時事解説誌「USニューズ&ワールド・レポート」が米ペンシルベニア大ウォートンスクールと共同で、主要80カ国を評価した「世界にで最も良い国」ランキングを発表しました。
このランキングは下記の9分野と75の基準から多角的に評価するもので、毎年発表されています。各分野や項目が同等の価値として評価されるので、毎年ランクが上下しています。
① 楽しさ、魅力、安定した気候など「刺激・アドベンチャー」
② 人権や男女平等、環境への配慮、宗教の自由など「市民の意識」
③ 文化面での流行・洗練度、影響力など「文化的な影響力」
④ 世界市場との繋がり、技術的専門知識、教育を受けた人口割合など「企業精神」
⑤ 身近な文化、豊かな歴史・料理など「歴史的背景」
⑥ 独自性、活性化など「原動力」
⑦ 税、安価な製造コスト、組織の腐敗など「企業への市場開放度」
⑧ 政治面・経済面での影響力、軍事力など「世界での影響力」
⑨ 食料・住居、教育の質、医療福祉、雇用・政治的な安定、個人の自由など「生活の質」
2016年から2019年までの推移を下記しますが、今年は日本が2位まで躍進しています。東京オリンピックを来年に控え、注目度が上がっているせいでしょうか?いずれにしても気分が良いものです。
2019年 2018年 2017年 2016年
1位 : スイス スイス ドイツ ドイツ
2位 : 日本 カナダ カナダ カナダ
3位 : カナダ ドイツ イギリス イギリス
4位 : ドイツ イギリス アメリカ アメリカ
5位 : イギリス 日本 スウェーデン スウェーデン
6位 : スウェーデン スウェーデン オーストラリア オーストラリア
7位 : オーストラリア オーストラリア 日本 日本
8位 : アメリカ アメリカ フランス フランス
9位 : ノルウェー フランス オランダ オランダ
10位: フランス オランダ デンマーク デンマーク
将棋・藤井七段の記録更新は?
将棋・藤井七段の記録更新は?
先日行われた朝日杯将棋オープンの決勝で、藤井七段が渡辺明棋王を破り優勝しました。同棋戦では昨年も優勝しており2連覇達成です。16歳6ヵ月での棋戦連覇は、羽生九段が1987~88年での天王戦(現在は棋王戦と統合)連覇で達成した18歳2ヵ月(当時)を大幅に上回る年少記録です。これからどれだけ新記録を打ち立てるか見当もつきませんが、可能性のあるものを調べてみました。
① 朝日杯将棋オープン3連覇:
2013年度~15年度に羽生九段がが達成した例が唯一あるだけです。
② トーナメント棋戦での4連覇:
トーナメント棋戦における最多連覇を見てみると、大山十五世名人と羽生九段が以前一回ずつ記録した4連覇が最多連覇です。
③ 8大タイトル獲得の最年少記録:
8大タイトルの最年少記録は、屋敷伸之九段が1990年に棋聖を獲得した際の18歳6ヵ月です。藤井七段にとって現在最も可能性が高いのは、今年の6~7月に決着されるであろう棋聖戦です。現在2次予選の決勝まで勝ち進んでいて、久保王将に勝つと決勝トーナメントに進み、そこで4連勝すれば豊島将之棋聖との五番勝負へ挑むことになります。屋敷九段の年少記録を破るためには、2020年の12月末までにタイトルを獲得する必要があります。仮に今回の棋聖戦で負けても、2019年の王座戦、竜王戦、2020年の王将戦、棋王戦、叡王戦、棋聖戦、王位戦、王座戦、竜王戦の合計9棋戦が残っています。
④ 年度最高勝率:
年度最高勝率は中原誠十六世名人が1967年度に達成した0.855(47勝8敗)です。藤井2月20日時点で勝率は0.854(41勝7敗)です。3月31日までにあと10局足らずの対局を残しているようなので、これからの一戦一戦が記録更新の鍵を握ります。
⑤ 名人戦の最年少記録:
これまでの記録は谷川九段の21歳です。順位戦の昇級はC級2組からスタートして、C級1組(現在の藤井七段の地位)→B級2組→B級1組→A級という段階を踏まなければなりません。各級で1年間戦い、上位2棋士が昇級するルールです。従い、藤井七段は今年を含め最低4年で挑戦権獲得が出来るのですが、果たしてどうなるでしょうか。19歳で名人位獲得となれば、不滅の記録になるのではないでしょうか?
「クイーン ライヴ・ツアー・イン・ジャパン 1975-1986」刊行!
「クイーン ライヴ・ツアー・イン・ジャパン 1975-1986」刊行!
空前のヒット映画【ボヘミアン・ラプソディ】で注目されているクイーンの全6回の来日を振り返るMOOK「クイーン ライヴ・ツアー・イン・ジャパン 1975-1986」が2月14日に発売されました。合計86日間日本に滞在し50回のコンサートを行い、日本中でクイーン旋風を起こした行動記録を写真とデータで綴った本です。昨日慌てて本屋に行き探したのですが、全て売り切れていました。以前のブログにも書きましたが、個人的にクイーンの現役時代を見たことも聞いたこともありませんでした。何故なら1~2回目は社会人として2~3年目で仕事に夢中の時代だったですし、3~6回目はイタリア駐在でこれまた夢中で仕事をしていた時代だったからです。この本さえあればクイーンがわかると思ったのですが残念でなりません。増刷されることを期待したいと思います。クイーンの研究家でこの本の編集に携わった石角さんが本の要約をコラムで公開されましたので、コラムに書かれた6回の公演について、自分なりに知っておきたい点をまとめてみました。
第1回1975年/4月17日~5月2日:
デビュー2年目の新人バンドを羽田空港で待っていたのは1000人を超えるファンで、クイーンメンバーは驚き、戸惑ったそうです。日本武道館での単独公演を含む7公演で世界中にクイーンの名が知れ渡りました。クイーンが日本から世界に旅立ったと言われる公演でした。
第2回1976年/3月20日~4月8日:
18日間で6都市11公演という強行スケジュールでした。
【ボヘミアン・ラプソディ】を初めて披露し、オペラ・パート、ロック・パート、バラード・パート、エンディング・パートを分けてその間に他の曲を組み入れる解体形式で演奏しました。フレディがアンコールに着物をガウンのようにまとって登場し。途中、着物を脱ぎ捨てるとその下はホット・パンツだったそうです。これが大いに受けて、着物の衣装は後のヨーロッパ・ツアーでも度々登場しました。
第3回1979年/4月11日~5月7日:
3年振りのジャパン・ツアーは滞在日数27日間で、全15本のコンサートと、来日公演史上最大の規模となりました。アルバム「華麗なるレース」に収められた日本語曲「手をとりあって」を4月20に初披露しましたが、フレディは日本語詞が不得手なようで、その後毎回の披露はしなかったそうです。
第4回1981年/2月9日~2月20日:
4度目の来日は日本武道館5公演のみで地方公演はありませんでした。5回のコンサートで滞在12日間というのは異例の長さだったのですが、このツアー直後に控える初の南米公演に備える休養も兼ねていたそうです。この頃、南米のスタジアム・クラスで公演を行う欧米ミュージシャンは皆無でクイーンが初挑戦でした。結果として、最終公演地のブラジル・サンパウロでは2日間に25万人以上の観客を集め、単独アーティストでの動員記録を樹立しました。
第5回1982年/10月17日~11月4日:
5度目の来日公演は日本で初となるスタジアム公演(阪急西宮球場、西武ライオンズ球場)2公演を含む全6公演でした。同年5月にリリースされたアルバム「ホット・スペース」の評判が悪く、メンバー間に亀裂を生み、初めての活動休止を発表した状態で臨んだジャパン・ツアーだったのです。しかし日本では、連日圧巻のパフォーマンスでファンを魅了し、特に10月24日の阪急西宮球場公演は、開催が危ぶまれるほどの強風の中で、メンバーと来場の観客が一緒になってたいへんな盛り上がりをみせました。この日のコンサートは後にブライアン・メイがベストアクト!と語ったそうです。
第6回1985年/5月6日~5月16日:
フレディ生前最後の日本公演となった6回目のジャパン・ツアーです。英メディアから解散かと、実しやかに囁かれていた時のツアーでしたが、日本での絶大な人気を体感したことで、彼らは意を強くしたことが、2ヶ月後のライブ・エイド出演及び大成功につながったのかもしれません!
画像は本の表紙です。