八代亜紀を悼む!
八代亜紀を悼む!
1950年8月29日生まれの八代亜紀は幼い頃、歌も絵画も才能があったが最終的には歌手の道を選んだという。
両親の教えである「一人では何も出来ない、支えてくれる周りの皆様に感謝を」という生き方は、
八代がボランティア活動等、社会貢献活動に熱心だったことにも表われている。
歌手としてのきっかけは『全日本歌謡選手権』というプロ歌手も出場できるTVのオーディション番組で高い評価を得たことだった。
その後、所属レコードのテイチクから1973年の「なみだ恋」の大ヒットに結びついたのだ。
個人的には「舟歌」が好みである。
「演ずる歌」と本人が説く演歌について「自分は表現者ではなく
、歌が描く主人公の気持ちを代弁して歌っているだけ」と半世紀も言い続けていたそうだ。
輝かしい歌手生活を歩んできたが、昨年9月に膠原病の一種であり指定難病である抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎を発症し、
その後急速進行性間質性肺炎を併発して悔しいことに12月30日に亡くなった。
僕は彼女と同じ73歳で誕生日が6月29日だからちょうど2ヶ月違い、
そして約3年前に発症して今も治療中の間質性肺炎も共通しているので何か運命的なものを感じる。
間質性肺炎とは一般的にあまり馴染みのない病気だが、
簡単にいうと肺自体が硬化して縮み最後は呼吸困難で亡くなるケースが多い恐ろしい病気だ。
僕も元々4800cc程の肺活量があったが、入院当時は2700ccまで減っていて驚いたことを覚えている。
そしてこの数字は基本的に元には戻らず、最善でも現状維持なのだそうだ。
彼女も入院後はステロイドやプログラフを投薬される中で呼吸困難との戦いだったと推測するが、
今は安らかに眠ってほしいと心より願う!
(L・D)
地震とその対策!
地震とその対策!
能登地方の地震は甚大で、犠牲者が数多く出てしまいました。
本当に残念なことで、哀悼の意を表します。
昨年輪島を訪れてあちこち歩いた所が、火事によって焼け野原になってしまい胸が痛みます。
旅で触れ合った方々は無事でいらっしゃるかと胸が痛みます。
建物も倒壊したものも多く、今も下敷きになっている人の命がけの救出が続いています。
テレビが流している映像の中に、古いビルに、はすかいに補強材が入っているものが幾つか目に入りました。
見た限りでは倒壊を免れているようです。
能登半島ではここ3年多くの地震が起こっています。
地震に備えて耐震対策を取っていたのかと思われます。
日本が地震大国である限り、全ての地域に住む人にとって他人事ではありません。
大きな地震に襲われるのが、近い未来か遠い未来かはわかりませんが、対策が必要だと改めて思いました。
(M・J)
複雑な気分の正月三が日!
複雑な気分の正月三が日!
昨年年末は自民党の裏金に絡む大問題で終始し暗い気持ちで2024年を迎えた。
元旦早々能登半島大地震が発生し、2日になって被害の大きさが明らかになり益々気分が落ち込んでいる。
地震発生地が陸に近いところだったので東日本の時の様な津波は起きなかったが、それでも津波による被害は各地で出ているようだ。
石川県能登半島を中心として地震による家屋の損壊が激しく、亡くなった方も日ごとに増加し、一方で復旧の目処は全く立っていない。
今こそ岸田政権の出番だが、今までの対応の悪さからは全く期待出来ない。
2日夕方には羽田空港で信じられない様な飛行機事故があり、JALの乗客は奇跡的に全員無事だったが、
海上保安庁の職員が5人も亡くなっている。
3日は帰京の日で羽田空港から帰る客、逆に戻る客が多数いるのに欠航が相次ぎ、影響は最低でも何十万人ではないか?
唯一楽しみとして箱根駅伝を2日間見続けたが、青学の圧倒的強さで青学ファンだけが歓喜に沸き、
下馬評本命だった駒澤の不甲斐なさが浮き彫りになった100回大会であった。
明日からは自民党の問題がまた報道の中心になると思うと2024年がどんな年になるか分らない複雑な気持ちになってくる。
(L・D)
2024年は個人的なビッグバン!
2024年は個人的なビッグバン!
8年間に立ち上げた(株)オスカー・トレーディング、7年2ヶ月以上毎日書き続けたブログが深夜ブラックホールに吸い込まれ、
明日はビッグバンが発生し【よろず放談】がはじまります。
ブラックホールで光がなくなると寂しいので一部引き継ぐことにしました。
明日からご覧頂く時はこちらです。
URL:https://www.yorozuhodan.com
2024年・よろず 放談スタート!
2024年・よろず 放談スタート!
謹賀新年!
5名のブロガーが様々な観点でよろず 放談を掲載して行くので乞うご期待!