#二つのテーブルマウンテン!
#二つのテーブルマウンテン!
標高の高さや規模ではギアナのテーブルマウンテンが最も有名だが、ベネズエラの奥地にありなかなかたどり着けない。
登りやすく見晴らしが最高で観光客も沢山来るのがケープタウンのテーブルマウンテン。
ここの特徴は年に数回起きるテーブルクロス。
高気圧と風が上手く合わさったときにテーブルマウンテンを跨いでテーブルクロスの如く雲がテーブルマウンテンを覆うのだそうだ。
南アのヨハネスバーグには2度行ったことがあるが、ケープタウンには行ったことが無い。
大変綺麗な町でテーブルマウンテンが間近に見え、海を見ると豪快な波しぶきが見えるらしい。
残念だが、紹介ビデオで我慢するしか無い!
((O・T)
#ドジャースの意味は?
#ドジャースの意味は?
大谷の入団で注目を浴びているロサンゼルス・ドジャースについて、生まれたのがニューヨークであることを知っている日本人はどの位いるのだろう?
更にドジャースの意味を知ってるかと聞かれたら答えられるのは20%以下かも知れない。
現在のドジャースに繋がる球団は1883年に創設された。
最初のチーム名はよくわからないが、本拠地であるイースタン・パークの前を路面電車が走っており、
その電車を素早く避けながら道路を渡る人を「トローリー・ドジャース(電車を避ける人)」と呼ばれていたが、
呼び名が長いため「トローリー」が外れ、1913年からドジャースとなったのである。
1958年に西海岸のロサンゼルスへ移転した。
現在のドジャー・スタジアムが完成したのは1962年で、1978年にMLB市場初めて年間観客動員が300万人を越えた。
現在は東のニューヨーク・ヤンキース、西のロサンゼルス・ドジャースと言われるようなMLBの代表チームなので、
ニューヨーク時代に決めたドジャースでは東の傘下に感じる。
従い、ニューヨーク時代ときっぱり縁を切って、ロサンゼルスに相応しい名前に変えてはどうかだろうか?
(J・O)
#出世大黒天!
#出世大黒天!
清水寺本堂の左端に出世大黒天が鎮座していると言う。
大昔は清水寺参道にいたらしいが、その後出世して本堂に鎮座するまで出生したのだそうだ。
この大黒天の御利益に預かろうと大黒天の目の前にある賽銭箱に賽銭が投げられるのだが、
勢い余って大黒天にぶつける人も多くいるらしい。
2008年には色彩豊かな表面が傷つき哀れな姿になってしまったので、2008年にお色直しをして現在に至ると言う。
自分は初めて知ったので、今後清水寺に行く機会があれば御利益に預かろうと思う。
清水寺は見栄えのするお寺でも有名だが、この撮影ポイントは特に綺麗な感じがする。
(O・T)
#木蘭の新宿御苑!
#木蘭の新宿御苑!
神戸から友人が上京して来たので、新宿御苑に行きました。
ところが入り口に着くと人だかりがしていて、予約制だとわかり、考えが甘かった事に気がつきましたが、
あきらめず、即入れるよう登録して無事入園出来ました。
スマホで自分の情報を打ち込むのですが、ここでもスマホを持たない人は弾かれてしまう訳です。
喉が渇いたとビールを飲みに入れば、オーダーはスマホです。
ここでもスマホ無しでは通用しません。
時代は変わりもうガラケーがいいと言う人もこの不自由さを強いられるのはうんざりだろうと思います。
さて無事に入った御苑は外人さんが多いです。
そして若い人達が多いです。
今年は桜が遅くまだ咲いていませんが、中にほんの少し咲いている木があり、ちょっとだけ春を先取りしました。
木蓮の素晴らしく大きな木が満開でとても素敵でした。
歩き疲れればベンチに座っておしゃべりして又散歩です。
大好きな温室にも足を運びました。
温室独特の熱帯感がエキゾチックでいいです。
そうこうしている内東京駅に向かう時間が迫り、地下鉄に乗りました。
地下鉄は常に階段に出くわす為、階段を登れる事が利用の必須条件です。
こうやって遠来の同級生と歩き回れた一日に感謝です。
帰りにアイフォンの歩数を見たら15,000歩を超えていました。
(M・J)
変わり行く自由ヶ丘!
変わり行く自由ヶ丘!
駅前広場の右脇一角にある約39000m2の敷地が何も無い更地になり、
これから画像の様な15階建てのビルが建つ予定になっている。
延べ床面積は約4万6000m2もあり、店舗、オフィス、住宅、駐車場などが造られる予定だ。
元々狭い駅前広場のバスターミナルはが画像の如く窮屈で圧迫感を感じるかもしれない。
ここ10年ほどは二子玉が発展して見晴らしがいいこともあり自由ヶ丘が押され気味である。
問題は駅前だけで無く全体的に無理やり作り広げた町だからだろう。
この駅前の再生と同時に東急東横線と大井町線が高架橋で繋がるような作りにすると、
空間が広がり利便性も増すので見直されるのではないか?
しかし、これから10年もかかるようでは、残念ながら歳のせいで見届けることは出来ないかもしれない。
(L・D)
南米の王者ジャガー!
南米の王者ジャガー!
南米大陸の中央、アマゾン川の奥地にある世界一の湿原パンタナールに生息するジャガー!
体長は2mを越えライオンと虎に次ぐ大きさだ。
噛む力はライオンや虎より強いと言われ、主な食料はワニなのだ。
この画像を見ればワニの厚い皮を噛み砕くのも理解出来る。
アフリカにはジャガーによく似た猛獣がいる。
その名はヒョウ。
生息地がちがうので戦うことは無いが、明らかにジャガーの方が強いだろう。
ここで質問!
画像のどちらがジャガーかわかるかな?
答えは赤矢印のように黒い円の中に2つの黒点のある右である!
(O・T)
暖冬でも問題ない札幌雪祭り!
暖冬でも問題ない札幌雪祭り!
昔はよく行ったものだが最近はご無沙汰している。
毎年その年の象徴や流行みたいな物が作られ世相を感じることが出来るので面白い。
今年は2月4日~11日におこなわれた。
最後に品票をするらしいが、大谷とデコピンが3位になった。
溶けて消えないうちにその画像を残しておこう。
尚、大谷はアリゾナのキャンプで野外フリーバッティングを行った。
21打席中10本がホームランだったようだが、見ていると右の肘が大丈夫かと
そればかり気にしてスイング全体が見れなかった。
エンゼルス時代にはなかった忙しい報道陣対応で大谷の調子が崩れないか心配だ!
(J・O)
輪島出張朝市と御陣乗太鼓!
輪島出張朝市と御陣乗太鼓!
北陸の震災から6週間が経ちました。
未だインフラが完全ではない中で復興への一歩として輪島朝市を金沢の金石地区で出張朝市として3月23日に第一回が開催されるそうです。輪島朝市を残して行きたいと言う気持ちがこう言った形でまず一歩を踏み出せた事にエールを送りたいです。
地域を愛する人達にとって朝市は大切なもので無くなって欲しくない大事なものなのです。
御陣乗太鼓も又輪島の素晴らしい伝統文化です。
昨年夏輪島を訪れた時、キリコ会館でその迫力ある太鼓の音を聴かせてもらいました。
その勇壮なバチ捌きの御陣乗太鼓も3月16日に金沢駅で披露してくださるそうです。
メンバーの方々も被災されて大変な時ですが、やはりこの御陣乗太鼓を後世に残したい、
皆やご自分を励ましたいと言う思いでバチを握られるのだと思います。
厳しい時にも頑張られる勇気に心打たれます。
金沢でもあの素晴らしい太鼓を打ち鳴らして未来への一歩を踏み出して頂きたいです。
(M・J)
カーニバルの季節到来!
カーニバルの季節到来!
自分でも行ったことのあるのはヴェネチアのカーニバル!
約40年も前のことだからあまり詳しくは憶えていないが、
暗くなって到着しサンマルコ広場に近づいたら真っ白な人形みたいのが柱に寄りかかって立っている。
最初は全く動かなかったので人が演じているとは思えなかった。
路地を曲がると突然白い仮面が現れ驚くとか、とにかく白っぽい無地の仮面が多くとても綺麗だなと感じた。
昨日BSNHKでヴェネチアのカーニバルを特集していて懐かしかった。
マスクも着飾っている衣装も40年前とは大分異なり、豊富な色彩と凝った衣装が目立っていた。
マスク屋さんの紹介がありマスクが紙で作られていることを初めて知った。
番組では色々なマスクが紹介されていたが今回の一番のお気に入りはこれ!
マスク屋さんに飾られていたマスクも人間みたく凄く美しいとおもった。
そもそもカーニバルは初日正午位に運河を船団が行進して花火が上がり、
主催者側や観客が「ヴェネチア万歳」を唱え始まることも分かった。
一方もっと有名なリオデジャネイロでもカーニバルが始まった。
しかし、現在デング熱が流行しリオデジャネイロ市は非常事態宣言を公布している。
そのせいか今年は蚊を避けるため、衣装を着たサンバ行進が多いようだ!
会場は殺虫剤の匂いで覆われているかも知れない!
(O・T)
親密なマナスルと日本人!
親密なマナスルと日本人!
ヒマラヤ8000m級は全部で14座ある。
マナスルは全体8位の8163mだ。ネパール語でプンゲェンと称し守り神の意味がある。
ネパールヒマラヤのちょうど中間地点に位置しその西にはアンナプルナとダウラギリがそびえている。
NHKBSでグレート・ヒマラヤ・トレイルというお気に入りの番組があり、今回は6番目に編集されたマナスルだった。
最初に紹介するのは真夜中のマナスルと星空。
左の奥に白く尖ったところが頂上だが、もの凄くきれいだな!
番組を見て思い出したのは自分が6~7歳の時にマナスル登頂の記念切手セットを親からもらったこと。
引っ越しを何回か繰り返すうちにどこかに消えて無くなったのが残念でならない。
マナスルは日本人にとって一番親密感がある8000m級の山であることが分かった。
先ず1956年に日本人登山隊が初登頂をしたことである。
敗戦国だった日本に勇気と希望をもたらした偉業だったらしい。
次は日本の女性登山隊が1974年にマナスルを登頂し、これが世界で初めて女性隊の8000m級登頂だったこと。
そして、マナスル近辺にピーク29とヒマルチュリというピークがありこれらをマナスル三山と呼ぶそうだが、
全部日本の登山隊が初登頂したこと。
8000m級は山奥で3000mレベルの村から直接見ることはほとんど出来ないが、マナスルは拝むことが出来るようである。
(L・D)