自由ヶ丘・「MONT-BLANC」・自由の女神「あをそら」!
自由ヶ丘・「MONT-BLANC」・自由の女神「あをそら」!
昨日用事があって自由ヶ丘に行ったが、多少時間があったので少し歩いて見たら思わぬ発見があった。
毎度訪れる自由が丘で今頃わかったのかとおしかりを受けそうである。
一つは小さいお店が寄せ集まっている自由ヶ丘デパートの対面にある「MONT-BLANC」。
23~26歳頃テニスの帰りに良く通った自由ヶ丘で幾度となく入ったケーキ屋さんである。
「MONT-BLANC」というお店は何処にでもありそうな気がしたので、店員さんに(ここが本店ですか?)と聞いたら
お店はこの自由ヶ丘だけだという。カタカナでモンブランと言う店はいくらでもありそうだが、
少なくとも東京都では「MONT-BLANC」という店名はここだけらしい。
ケーキで栗のあんこを盛ったモンブランはあまりにも有名で、現在は何処のケーキ屋さんでも売っているが、
昭和初期にこのお店でモンブランが誕生した事は意外とあまり知られていないのではないか?
このお店は相当のこだわりがあり、使う栗は愛媛県の中山栗に限っている。
愛媛県のこの地域は雨が少なく、水はけの良い土壌に加え、南向きの急勾配を利用することにより、
深く根を張り、たっぷりと旨みを蓄えた栗が生まれるそうだ。
最近は地球温暖化で気候変動が激しいから中山栗にこだわる必要があるか疑問も感じるが!
今後孫達に食べさせてみよう。
もう一つは「あをそら」。一目で(間違っているんじゃない?)と思う名前である。
自由ヶ丘駅正面改札の前に広場があるのは自由ヶ丘を訪れたことがある人なら誰でも知っていると思う。
しかし、この広場に自由の女神像「あをそら」が広場や訪れる人々を見守っていることを知っているだろうか?
1961年澤田政廣氏が作り、石井漠氏が名付けたこの自由の女神は広場の中で場所は移動しているがずっと見守り続けているのである。
ついでに記載するが、この広場は世田谷区ではなく目黒区である。
1927年に鉄道の駅がはじめて出来、その名は九品仏であった。2年後大井町線も通り駅名は自由ヶ丘に変わったのである。
1945年の東京空襲でこの駅も周りも焼け野原になり、1947年に駅と小さな広場が再建されたがお粗末な物だったらしい。
1961年に自由の女神像と共に現在の原型の様な広場が出来上がった。そして2011年に現在の様な広場に変わったのである。