東京と大阪の電車事情!
東京と大阪の電車事情!
日本最初の鉄道は1872年に開通した新橋―横浜間でした。その後、当時の国鉄は東京から他の地域との鉄道網を広げていきます。一方、都内がどうかと言えば、路面電車が張り巡らされ、十分に市内交通の役割を担っていました。これらの路面電車網が後に地下鉄に発展していきます。そして、1925年に山手線が環状運転を開始しました。その段階で私鉄各社が山手線内への延伸を申請しましたが、当時の政府がそれらの認可を与えず、山手線の内側へ入ることをブロックしていたのです。現在は私鉄と地下鉄が直接連結したので、あたかも私鉄が山手線内に延伸したように思われがちですが、大正時代の考え方は脈々と続いています。東横線、小田急線、京王線等、直接連結しても山手線内は各地下鉄名が使われています。むしろ地下鉄が山手線外に延伸していると考えた方が良いかもしれません。
一方の関西、特に大阪は「私鉄王国」です。東京から遅れること2年、1874年に大阪―神戸間が開通して大阪駅が出来ました。その後、私鉄各社が大阪市内に路面電車網を展開していきました。大阪で環状線が完成したのは1961年ですから、既に私鉄各社が路面電車から通常の鉄道に形を変えて営業していました。そのため、大阪市はブロックすることが出来なかったのです。さらに大阪で面白いのは私鉄各社や地下鉄が使っている「梅田」駅です。JRは「大阪駅」と称しますが、その他は「梅田」と称しています。大昔、初めて大阪に行ったときに、大阪と梅田が同じ場所とは知らず、実に変だなと感じたことがありました。1869年にアメリカの商社が大阪―神戸間の敷設を申請しましたが、明治政府は、鉄道は政府がやるべき事業であるとして許可しなかった経緯があります。大阪市民はそれが面白くなく、政府に対する反発から「大阪駅」の名前を拒否して、あえて地元で親しまれていた「梅田」の名で呼んだのだという伝えがあります。大阪人の反骨精神は見上げたものだと思いますが、現代は「梅田」にこだわる世代が多いわけではないので、そろそろ「大阪駅」に統一した方が良いのではないでしょうか?